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切り抜き詳細

発行日時
2017-2-3 22:00
見出し
山月記(MC猛虎feat.中島敦)
リンクURL
http://blog.livedoor.jp/hean/archives/4808288.html 山月記(MC猛虎feat.中島敦)への外部リンク
記事詳細
R大の利村は博学才穎、平成19年、若くして名を霞ヶ関に連ね、
ついで経済産業省に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、
賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。
いくばくもなく官を退いた後は、筑波山、K大大学院に起臥し、
人と交わりを絶って、ひらすらプログラミングに耽った。
下吏となって長く膝を俗悪な事務次官の前に屈するよりは、
アプリ開発者としての名を死後百年に遺そうとしたのである。

しかし、彼のサービスは容易に当たらず、
生活は日を逐うて苦しくなる。利村は漸く焦燥に駆られてきた。
この頃から容貌も峭刻となり、 肉落ち骨秀で眼光のみ徒に炯々として、
曾て国一に合格した頃の豊頬の美少年の俤は何処にも求めようがない。
数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のために遂に節を屈して名古屋へ赴き、
一地方公務員の職を奉ずることになった。

一方、これは、己のクリエイティビティに半ば絶望したためでもある。
曾ての同輩は既に遥か高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の
下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才利村の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。
彼は怏々として楽しまず、狂悖の性は愈々抑え難くなった。
一年の後、公用で出張に出、千住のホテルに宿った時、遂に発狂した。
或夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、
何か訳のわからぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中に駈出した。
彼は二度と戻って来なかった。
附近の山谷を捜索しても、何の手掛りもない(そりゃそうだ)。
その後利村がどうなったかを知る者は、誰もなかった。 

翌年、経産省主任、 C大の遠藤という者、
大臣肝いりのプロジェクトを奉じてR大に使し、
途に岡崎の生理学研究所に宿った。
次の朝未だ暗い中に出発しようとしたところ、職員が言うことに、
これから先の部屋に虎が出る故、先生は白昼でなければ、通れない。
今はまだ朝が早いから、 今少し待たれた方が宜しいでしょうと。
遠藤は、しかし、 プロジェクトメンバーの多勢なのを恃み、職員の言葉を斥けて、出発した。

LEDの光をたよりに研究所の廊下を通って行ったとき、
果たして一匹の猛虎が部屋の中から躍り出た。
虎は、あわや遠藤に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を翻して、元の部屋に隠れた。
部屋の中から鍵付きのアカウントで「あぶないところだった」と繰り返しツイートするのが見えた。
そのアカウントに遠藤は聞き覚えがあった。驚懼の中にも、彼はとっさに思いあたって、リプッた。
 「その声は、我が友、利村ではないか?」
遠藤は利村と同年に修士に入院し、友人の少かった利村にとっては、最も親しい友であった。
温和な遠藤の性格が、峻峭な利村の性情と衝突しなかったためであろう。
部屋の中からは、暫く返辞がなかった。
しのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。
ややあって、低い声が答えた。「如何にも自分はR大の利村である」と。
遠藤は恐怖を忘れ、研究室に近づき、かしげに久闊を叙した。
そして、何故研究室から出て来ないのかと問うた。

利村の声が答えて言う。自分は今や異類の身となっている。
どうして、おめおめと故人の前にあさましい姿をさらせようか。
かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭の情を起させるに決っているからだ。
しかし、今、図らずも故人にうことを得て、愧赧の念をも忘れる程に懐かしい。
どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜悪な今の外形をわず、
曾て君の友、利村であったこの自分と話を交してくれないだろうか。

後で考えれば不思議だったが、その時、遠藤は、この超自然の怪異を、
実に素直に受容れて、少しも怪もうとしなかった。
彼は部下に命じて行列の進行を停め、自分は研究室のに立って、見えざる声と対談した。
都の、旧友の消息、遠藤が現在の地位、それに対する利村の祝辞。
青年時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それが語られた後、
遠藤は、利村がどうして今の身となるに至ったかをねた。利村の声は次のように語った。 

今から一年程前、自分が旅に出て荒川のほとりに泊った夜のこと、
一睡してから、ふとを覚ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでいる。
声に応じて外へ出て見ると、声は闇の中からりに自分を招く。
覚えず、自分は声を追うて走り出した。無我夢中で駈けて行く中に、
何時しか途は上野公園に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地をんで走っていた。
何か身体中に力が充ち満ちたような感じで、軽々とスタバを跳び越えて行った。
気が付くと、手先やのあたりに毛を生じているらしい。
少し明るくなってから、不忍池に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。

自分は初め眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。
夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。
どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然とした。そうしてれた。
全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。
しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事も我々にはらぬ。
理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、
理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。自分はぐに死をうた。しかし、
その時、眼の前を一匹のが駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。
再び自分の中の人間が目を覚ました時、自分の口は兎の血にれ、
あたりには兎の首が綺麗にマミられていた。これが虎としての最初の経験であった。

それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。
ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心がって来る。
そういう時には、曾ての日と同じく、人語もれれば、複雑な思考にも堪え得るし、
オライリーの章句をんずることも出来る。その人間の心で、虎としての残虐のあとを見、
己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、ろしい。
しかし、その、人間にかえる数時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。
今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、
この間ひょいと気が付いて見たら、はどうして以前、人間だったのかと考えていた。 

これは恐しいことだ。今少し経てば、の中の人間の心は、
獣としての習慣の中にすっかりれて消えてうだろう。
ちょうど、Oracle10のDBが次第にAWSに置換するように。
そうすれば、しまいに己は自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い廻り、
今日のように途で君と出会っても故人と認めることなく、君をマミって何の悔も感じないだろう。
一体、獣でも人間でも、もとは何かのものだったんだろう。
初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、
初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか?
いや、そんな事はどうでもいい。己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、
恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。
だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。
ああ、全く、どんなに、恐しく、しく、切なく思っているだろう!
己が人間だった記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らない。
誰にも分らない。己と同じ身の上に成った者でなければ。
ところで、そうだ。己がすっかり人間でなくなって了う前に、一つ頼んで置きたいことがある。 

遠藤はじめ一行は、息をのんで、房中の声の語る不思議に聞入っていた。声は続けて言う。
他でもない。自分は元来アプリ開発者として名を成す積りでいた。
しかも、業だ成らざるに、この運命に立至った。
曾て作るところのサービス何遍より、まだリリースされておらぬ。
ソースコードの所在も最早判らなくなっていよう。
ところで、その中、今もビジネスモデルを説明せるものが数十ある。
これを我がに伝録してきたいのだ。
何も、これにって一人前のハイパーメディアクリエーターをしたいのではない。
作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、
一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死に切れないのだ。 

遠藤は部下に命じ、パワポを立ち上げてスピーチにって書きとらせた。
利村の声は部屋の中から朗々と響いた。長短そ三十アイデア、
格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりである。
しかし、遠藤は感嘆しながらも漠然と次のように感じていた。
成程、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。
しかし、このままでは、第一流のサービスとなるのには、
何処か(非常に微妙な点にて)欠けるところがあるのではないか、と。

旧詩を吐き終った利村の声は、突然調子を変え、自らをるかくに言った。
しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、は、
己のアプリがエバンジェリストのiPhoneのトップに置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。
岩窟の中に横たわって見る夢にだよ。
ってくれ。アプリ開発者に成りそこなって虎になった哀れな男を。
(遠藤は昔の青年利村の自嘲癖を思出しながら、哀しく聞いていた。)
そうだ。お笑い草ついでに、今のをMC猛虎風に述べて見ようか。
この虎の中に、まだ、曾ての利村が生きているしるしに。
キャップを斜めに被りオーバーサイズのTシャツをきた下吏が
ターンテーブルをいじりながら目で利村に合図する 
重たいサウンドがスピーカーから響く。ショウの始まりだ。

  「般若!猛虎!殊類!エイヤ!

   俺が狂ったのはあいつのせいだ

   災い相成て逃げられねーや!

   今日爪牙狩りの栄養?

   ok.ok過去の栄光?

   知らねぇラップする狩野英孝


   俺虎になったそれ確かに間違いねぇ でも


   これ偉んなったお前が一番怖ぇ

   きっと夕べ渓山明月に対う」

   git pushせずヤバいラップ謳う」

  (ドゥ〜ン ドゥンドゥンドゥ〜ン キュワキャキャキャッキャキュワキャ!) 


時に、残月、光やかに、白露は地にく、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。
人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、このa.k.a猛虎の薄倖を嘆じた。利村の声は再び続ける。

何故
こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、
しかし、考えようにれば、思い当ることが全然ないでもない。
人間であった時、は努めて人とのを避けた。人々は己をバスタだ、ヘッズだといった。
実は、それが羞恥心に近いものであることを、島田紳助も知らなかった。
勿論、曾ての東京生まれのヒップホップ育ちといわれた自分に、プライドが無かったとはわない。
しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。

己はプログラミングによって名を成そうと思いながら、
進んで師に就いたり、求めてエンジニアと交ってハッカソンに努めたりすることをしなかった。
かといって、又、己は俗物の間にすることもしとしなかった。
共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。
ざることをれるがに、て刻苦してこうともせず、
又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として新卒で就活することも出来なかった。

は次第に世と離れ、人と遠ざかり、
憤悶慙恚とによって益々の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。
人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。
の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。
これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、
果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了ったのだ。
今思えば、全く、己は、己のっていたかばかりの才能を空費して了った訳だ。
院生は何事をもさぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと
口先ばかりの警句をしながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯危惧と、
刻苦をう怠惰とが己のてだったのだ。
己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、
堂々たるプログラマーとなった者が幾らでもいるのだ。

虎と成り果てた今、己はくそれに気が付いた。それを思うと、
己は今も胸をかれるような悔を感じる。己には最早人間としての生活は出来ない。
たとえ、今、己が頭の中で、どんな優れたライブラリを書いたにしたところで、
どういう手段でPublishできよう。まして、己の頭は日毎に虎に近づいて行く。
どうすればいいのだ。己の空費された過去は?

己はらなくなる。そういう時、己は、建屋の屋上のに上り、空谷に向ってdisる。
この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処で月に向ってdisった。
誰かにこの苦しみが分ってえないかと。
しかし、モンスターどもは己のリリックを聞いて、れ、ひれ伏すばかり。
山もも月も露も、一匹のMCが怒り狂って、フリースタイルしてるとしか考えない。
天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。
ちょうど、人間だった頃、己の傷つきい内心を誰も理解してくれなかったように。
己の毛皮のれたのは、夜露のためばかりではない。

漸く四辺の暗さが薄らいで来た。木の間を伝って、何処からか、暁角が哀しげに響き始めた。
最早、別れを告げねばならぬ。酔わねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)近づいたから、
と、利村の声が言った。
だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。それは我が妻子のことだ。
彼等だ名古屋にいる。固より、己の運命に就いては知るがない。
君が岡崎から帰ったら、己は既に死んだと彼等に告げて貰えないだろうか。
決して今日のことだけは明かさないで欲しい。
厚かましいお願だが、彼等の孤弱をれんで、
今後とも道塗飢凍することのないように計らって戴けるならば、
自分にとって、恩倖、これに過ぎたるはい。

言終って、叢中から慟哭の声が聞えた。
遠藤もまた涙をべ、んで利村の意にいたいを答えた。
利村の声はしかしち又先刻の自嘲的な調子にって、言った。

本当は、ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、
己が人間だったなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、
の乏しいビジネスセンスの方を気にかけているような男だから、こんな野獣に身をすのだ。
そうして、附加えて言うことに、遠藤が名古屋からの帰途には決してこのを通らないで欲しい、
その時には自分が酔っていて故人ほもぉを認めずに襲いかかるかも知れないから。
又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの階段に上ったら、此方を振りかえって見て貰いたい。
自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。勇に誇ろうとしてではない。
我が醜悪な姿を示して、て、再び此処を過ぎて自分に会おうとの気持を君に起させない為であると。

遠藤は研究室に向って、ろに別れの言葉を述べた。
叢の中からは、又、堪え得ざるが如き悲泣の声がれた。
遠藤も幾度か部屋を振返りながら、涙の中に出発した。

一行が階段の上についた時、彼等は、言われた通りに振返って、先程の研究室の廊下をめた。
忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。
虎は、既に白く光を失ったLEDを仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、
又、元の部屋に躍り入って、再びその姿を見なかった。


 

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